02


ひらひらと振った手を引っ込めて、黄瀬は小堀からポテトを一本貰う。

「火神と高尾までいるってことはアイツらバスケでもしてたのか?」

「わざわざ神奈川にまで来てですか?」

森山は食べ終わったバーガーの包みを丸めるとトレイの上に転がし、中村の呆れたような声にそうじゃね?と意地悪く笑った。

キセキ達が神奈川に来る目的なんて本当は一つしかないことを黄瀬以外のメンバーは分かっていた。
先立ってキセキ達が仲直りしたらしいことも。包み隠さず黄瀬は笠松達に報告してきていた。
黄瀬は特別何とも思っていない様子でそりゃもうあっけらかんと。

「黄瀬、お前アイツ(ら)かぁ何か(れ)んぁくもぁったのか?」

キセキ達の目的が黄瀬だと気付かせぬ様にわざと森山と中村が的外れなことを言い、早川が何気なさを装って黄瀬へと聞いた。
すると何故か黄瀬はあー、と罰の悪そうな顔をして、ちらりと笠松を見た後もごもごと口を動かす。

「それが昨日…センパイが家に泊まりに来るっていうから、その間誰にも邪魔されたくなくて…スマホの電源落としたままで…」

途端に生温かくなった視線に黄瀬は頬を薄く赤く染めつつ早口で言い切る。

「今日も邪魔されないようにスマホ、家に置きっぱなしになってるっス」

「まさか仕事用のまで置いてきてねぇよな?」

「それは持ってるっス。置いてくるとセンパイ怒るじゃないっスか」

「当たり前だ。仕事は仕事できちんとしねぇとお前の将来に関わってくるかもしれねぇんだぞ」

「センパイ…」

将来のことまで心配してくれる笠松に黄瀬はきゅうと胸をときめかせて、ジッと熱い眼差しで笠松を見つめ返す。
ほわわんと二人の世界に突入しそうになった空気を、はいはいと慣れた様子で割って入って森山は崩しにかかる。

「そんなことより、小堀も食べ終わったみたいだし店出よう。…それとも黄瀬はあっちに混ざりたいか?」

あっちとキセキ達+αを言葉で示した森山に黄瀬は隣に座っていた笠松の腕を掴むと首を横に振った。

「仲間外れはいやっスよ。センパイ達と行くに決まってるじゃないっスか」

海常に入ってから黄瀬の中での優先順位は大きく変わった。
一も二もなく海常のセンパイ達で、もちろん一番は笠松だけど。
三番目に緑間あたりだろう。そこにおまけで高尾も加わり、ライバルとして火神が入る。
紫原は良く分からないが、中学時代に一番にいたキセキ達は今は下から数えた方が早いぐらいだ。

きっぱりと告げた黄瀬に森山達は笑う。

「よーし、偉いぞ。うちの子は。褒めてやれよー笠松」

「変な人にはついていかないようにっていう教育が良かったんじゃないですか?キャプテン」

「うんうん、おぇもそう思う。全部キャプテンの教育のおかげっすね」

「だってさ。良かったね、笠松」

「お前らなぁ…」

笠松は口では呆れたように言いながら、うちの子と言われてへにゃりと何だか嬉しそうにした黄瀬の頭をぽんぽんと帽子の上から軽く叩き、黄瀬がそれで喜ぶならまぁ良いかと笠松も口許を緩めた。

「ま、海常バスケ部に入った時点でお前はうちの子だ。どこにもやるつもりはねぇから安心してうちにいろ」

早川も中村もと後輩の顔を見て宣った笠松に、名指しされた後輩二人はきょとりとしてから照れたように嬉しそうに笑う。
その様子を森山と小堀は微笑ましそうに眺めていた。






キセキ達に気付かれぬようにマジバを後にした笠松達は少し街の中心から離れた、知る人ぞ知る穴場のストバスのコートにやって来ていた。

「結局、こうなるのな」

軽くストレッチをしながら森山がぼやくように言えばその側で小堀は苦笑してコートの中を見る。
そこにはさっそくボールを弾ませて走り出す黄瀬と早川、そわそわし出した中村。

「このメンバーが集まったら仕方ないことじゃないかな」

「そんなことは分かってる。俺が言いたいのはただ、ここに女の子が一人もいないという嘆くべきこの現状だ!俺は誰の為に頑張れば良いんだ?」

知る人ぞ知る穴場なので当然ながらギャラリーもいない。笠松達が来た時に先客はいたが、それも入れ替わるようにこの場を去って行ってしまっていた。

「森山うるせぇぞ。ここなら黄瀬が変装解いても騒がれることねぇだろ」

振動した携帯を弄りながら笠松は、きらきらと黄色い髪を靡かせ、早川と中村を相手に楽しそうにバスケを始めた黄瀬の姿を視界の端に映してゆるりと緩く表情を崩す。

「うっわ、なにその顔。お前、黄瀬に甘過ぎ。部活の時の鬼主将はどこ行ったんだ」

「止めなよ、森山」

「だって小堀…」

パチンと携帯を閉じた笠松は画面から顔を上げると森山を見てさらりと言い返す。

「部活は別だろ。お前らだって十分黄瀬に甘いじゃねぇか。あと…高尾からメール来て、緑間と火神連れて此方に加わりてぇって。アイツ等だけなら良いだろ」

「そんなことないぞ。俺は後輩達を平等に可愛がって…って、はぁ?高尾?何でお前の携帯に…」

「前に言わなかったか?お好み焼き屋で会ったって。そん時にちょっとな」

「あの三人なら問題ないんじゃない?あ、でもここ分かりづらいだろうから俺途中まで迎えに行こうか?」

「そうだな。高尾にメールしとくから、悪いけど頼むわ小堀」

うん、任せてと頷いた小堀に笠松はもう一度携帯を開くとポチポチと高尾宛にメールを作って送信ボタンを押した。
なかなかコートに入ってこない笠松達に、リングを潜って落ちたボールを拾いながら早川が大きな声で呼ぶ。

「もぃやま先輩ー!や(ら)ないんすか?」

「笠松センパイ〜!」

「あれ、小堀先輩は…?どこ行くんですか?」

コートの中から呼ぶ声に森山は歩き出し、笠松は携帯をしまいながら羽織っていたジャケットを脱ぐ。小堀は中村に高尾達を途中まで迎えに行ってくるよと手を振って応えた。

「えっ、高尾達くぅんですか!?」

「おー、高尾と緑間、火神だけな」

早川の側に歩み寄った森山はボールを寄越せと言って、パスを受け取ってすぐシュートの体勢をとる。

「センパイ!緑間っち達が来るって本当っスか?でも、何で…」

「嘘吐いてどうすんだ。高尾からメールが来たんだよ」

コートに入った途端駆け寄って来た黄瀬の黄色い頭をくしゃりと撫でて笠松は、中村も側へと呼び寄せて森山達にした話をもう一度繰り返した。

「森山ー。小堀が高尾達連れて戻るまでローテ組んで2on2でもやってようぜ」

「じゃ、残った一人が審判か」

森山が決めたボールを早川がキャッチして、ゴール下で集まった笠松と森山が話し合う。
後輩達も異存はない様子で話が決まるのを大人しく待っていた。






ダム、ダムと弾ませたボールを両手でキャッチして緑間は膝を曲げるとシュートの体勢をとる。それを見た中村は弾道を読み、緑間の手からボールを奪うべく右手を出した。

「待て、中村!」

シュートモーションに入っていた緑間は敵チームの小堀の声にふっと唇に弧を描くと、高尾を使って火神のマークを外した仲間の森山にパスを出す。

「なにやってんスか、火神っち!」

「わりぃ!」

咄嗟に火神のカバーで入った黄瀬は森山と対峙する。
油断無く構える黄瀬の今のチームは小堀に中村、火神の四人だ。
対する相手は森山に緑間、高尾に早川だ。
笠松は今審判で、ローテを組んで先に十五点先取した方が勝ち又は七分経過したら終了。内からのシュートは一点、スリーポイントラインから外は二点というルールを設けて試合をしていた。

夕陽がコートをオレンジ色に染める頃には何回かローテーションも回し終わり、海常対秀徳・火神、先輩対後輩、人数も不規則で好き勝手にやっていた。

「あー、やばい、疲れた。飲み物欲しい」

汗を拭いコートを出た森山がベンチに座ったのに続き、ぞろぞろと皆もコートを出てその場に座り込む。

「確か近くに自販機あったよな?何か買ってくるか? 」

笠松も額に滲んだ汗を拭い、ジャケットのポケットに突っ込んでいた財布を探る。その隣でぱたぱたと手で顔を扇いでいた小堀が会話に混ざる。

「じゃぁ俺も行こうか?」

コートを出てもバスケ談義を続ける後輩達を温かい目で見て、笠松と小堀が立ち上がる。

「火神、お前、ボー(ル)持ちすぎ」

「だってよ、行けると思ったんだよ…です」

「お前がさっさと負けを認めないから余計疲れたのだよ」

「はぁ?負けを認めねぇのはてめぇだろ」

「まぁまぁ、今日のところは引き分けで良いじゃないっスか」

「真ちゃんも火神も負けず嫌いだからなぁ」

「どっちかと言えば、最後にスリーを決めた緑間の勝ちな気もしますけどね」

最後に火神と早川、黄瀬、森山対緑間、高尾、中村、笠松でどっちが勝ったのか一点差を巡って言い合いになっているらしかった。審判だった小堀は緑間チームに軍配を上げたはずなのだがどうにも火神は納得いかないらしい。

「最後のスリー、ライン踏んでただろ」

「馬鹿め。そんな初歩的なミス、俺がするわけないのだよ」

いつまでも平行線な言い合いをする二人に息を吐き、黄瀬は笠松と小堀が立ち上がったのを目に止めて側へと駆け寄った。

「センパイ!」

「おぅ。飲み物買いに行くけどお前何がいい?」

「それなら俺も行くっスよ!」

黄瀬が駆け寄ったことでそちらに気付いた後輩達も、火神と緑間も言い合いを止めて立ち上がる。
注目が集まった所で小堀が穏やかに、飲み物何が良い?と後輩達へ聞いた。

「飲み物買いに行くなら俺達が行くっすよ」

「…行くのだよ」

「そうだ…です」

「先輩達は休んでて下さい」

「おぇも行きます!」

高尾を筆頭に気を遣ったのか口々にそう言い、結局笠松と小堀は一年四人に任せることにした。
騒がしかったのがいなくなり少し静かになった場で森山がぼやくように呟いた。

「応援してくれる女の子もいない休日に何で俺はバスケをしているんだ…」

女の子うんぬんは置いといて、誰が言うでもなく流れでストバスに足を運んだ時点で、この場にいる人間は皆バスケが好きだというだけの話だ。
笠松は呆れた様に森山を見て、地面に転がっていたボールを拾うとターン、ターンと右手でボールを弾ませた。

「今さら何言ってんだお前は」

同じことを思ったのか小堀も笠松と似たり寄ったりな表情を浮かべて森山を見ていた。

「キャプテン、ボー(ル)貸して下さい!」

「ん、あぁ。ほら」

「あぃがとうございます!なかむぁ!」

「はぁ…まだやるのか早川」

笠松からボールを貰った早川は中村を連れてまたコートの中へと入っていく。
その姿を眺めながら笠松達はお使いに出した一年四人が戻って来るのを待っていた。






「何だ真ちゃん、黄瀬くん家知ってたの?」

「知ってるっスよー。ちなみに俺、緑間っちの家に行ったこともあるっス!」

「へー。黄瀬、お前も一人暮らししてんだな。じゃぁ俺と一緒か」

「お前が一人暮らし!?なんだか生活水準が低そうなのだよ」

「はっ、馬鹿にすんなよ。こんなんでも家事全般こなせるぜ」

「自分でこんなんって言ってどうするんスか」

「ぶふっ…、火神、おもしれぇ」

程無くして騒ぎながら戻ってきた一年から飲み物を受け取り、だらだらと休憩も兼ねて談笑したあと流れで駅へと向かい解散となった。

「笠松さん。今日はありがとうございましたっ!」

「俺も楽しかった、です」

「…お邪魔しました」

約束も無く飛び込みで遊びに来てしまったのに、それを快く受け入れてくれた笠松を始めとする海常の面々に感謝して高尾は笑って言った。
火神も緑間もその辺は理解しているから高尾に続いて口を開く。

「いや、こっちも楽しめたから。な、黄瀬?」

「はいっス!今度、火神っちの家に行ってみたいっス」

「俺ん家?別にいいけど、何もねぇぞ」

「そしたら俺と真ちゃんも行ってみたい!」

「ばっ、高尾!俺は別に…」

軽く別れの言葉なんかも交わして、東京方面へ帰る高尾と緑間、火神の三人と笠松達は駅の中で別れた。

「んじゃ笠松、俺達も帰るわ」

「キャプテン、また明日です」

そこで森山と小堀、中村と早川とも別れ、笠松は帰る方向が一緒の黄瀬と並んで歩き出す。
帽子と眼鏡でまた軽く変装した黄瀬は心持ち笠松の隣へ身体を寄せてふにゃりと嬉しそうに表情を崩した。それに気付いた笠松がちらりと黄瀬を見上げて、眼差しを和らげた。

「楽しかったか、涼太」

「はいっス!まさか休みの日に海常のレギュラーが揃うとは思ってなかったっス。高尾くん達ともバスケするとは思わなかったっス…」

「あぁ、それな。俺もびっくりしたわ。レギュラーが勢揃いってどういう遭遇率だって。…高尾達とはバスケ出来て良かったな」

「っス!今度また時間が合えばやろうって、高尾くんと火神っちが誘ってくれたっス」

「そりゃまた良かったな」

そこで 緑間の名前が出ないあたり、今日見た素直じゃない緑間が緑間たる所以だろう。

「えへへ…、でも一番は休みの日に幸男センパイと一緒に居れて、センパイ達とバスケしたことっスよ」

緩んだ顔で笠松を見返してきた黄瀬に笠松もゆるゆると頬を緩める。

「お前のその顔見てりゃ分かる」

「えー、俺ってそんなに分かりやすいっスか?」

「その変装と同じぐらいにな」

言ったろ?お前を見れば分かるんだよ。
にっと自信満々に口角を吊り上げた笠松に黄瀬は目元に朱を走らせるとうっ…と口ごもって照れたのか視線をうろうろとさ迷わせた。

「可愛いなお前」

「かわっ…うー…」

その姿が笠松には可愛くて、人が疎らな道を選ぶと二人の身体の影に隠れて笠松はそっと黄瀬の手を握る。

「っ―!?」

「少し遠回りして帰るか?」

ぴくりと指先が動き、耳朶を赤くして俯いた黄瀬は一つコクリと頷き、自らも指先をきゅっと絡ませた。
そうして二人は手を繋いだまま、指先から伝わるぬくもりに身体も心もほこほこと温めて、他愛ない話をしながら遠回りをして帰路へと着いた。




end



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